先進技術の価値を見極めるのによく使われるのが、「ハイプ・サイクル」です。ハイプ・サイクルはガートナー社が提唱したもので、特定の技術についてその成熟度を見極められます。ハイプ・サイクルを用いた分析で、それらの技術が今どのような状態にあるのか、これからビジネスに使えるのか、投資に向いているのかを判断することが可能になります。
近年はさまざまな先進技術が出てきており、それぞれについてその価値や実用性を見極めることは非常に困難になっています。自社のビジネスにどのような技術をどう取り入れればよいのか、悩むこともあるでしょう。そこで、判断の材料としてハイプ・サイクルが注目されているのです。
ここでは、ハイプ・サイクルの概要と5つの段階、ビジネスへの活用法やそのポイントなどについて紹介します。
ハイプ・サイクルとは
ハイプ・サイクル(Hype Cycle)とは、IT技術分野における特定の技術について、技術の成熟度や社会への普及・貢献・適用度を示すものです。ハイプ(hype)には「誇張、誇大広告」という意味があります。
ハイプ・サイクルを利用することで、新しい技術に対する評価が誇張なのか、より現実的なものなのかを見極めることが可能です。その技術を自社のビジネスにどう取り入れるかを判断しやすくなるため、近年よく使われています。
ハイプ・サイクルは米国のガートナー(Gartner)社が提唱したものです。ガートナー社ではハイプ・サイクルを次のように定義しています。
「ガートナーのハイプ・サイクルは、テクノロジとアプリケーションの成熟度と採用状況、およびテクノロジとアプリケーションが実際のビジネス課題の解決や新たな機会の開拓にどの程度関連する可能性があるかを図示したものです。
ガートナーのハイプ・サイクルのメソドロジは、テクノロジやアプリケーションが時間の経過とともにどのように進化するかを視覚的に説明することで、特定のビジネス目標に沿って採用判断のために必要な最適な知見を提供します。」
ハイプ・サイクルが提唱された背景
ガートナー社がハイプ・サイクルを提唱したのには、次のような背景があります。
近年、次々に新しい技術が開発されています。しかし、新しい技術は多種多様でその数は膨大です。そのため、専門家でもそれらの技術への評価が誇張をもとにした過剰な期待なのか、実現可能なものなのかの判断は困難です。
また、新しい技術が実現可能なものであっても、実用化される時期や、投資した場合に回収できる見込みの時期を把握することも難しいでしょう。
そんななか、新しい技術がそれぞれどの段階にあるのか、マスコミやユーザーの評価は誇張なのか適切なのかなどを、客観的に評価する指標となるのが「ハイプ・サイクル」です。ハイプ・サイクルを利用することで、企業が新しい技術を理解し、取り入れやすくなるのです。
ガートナー社では、毎年、その年に話題になった技術についてのハイプ・サイクルを発表しています。
例えば、2024年3月21日時点では、生成AIや人工知能などについてのレポートが提供されています。
一例を挙げると、生成AIは大きな関心を集めているものの、まだ評価が先行している段階です。また、人工知能への評価は落ち着いてきましたが、生成AIやChatGPTにより、AIに関する議論を新たな段階に引き上げているとされています。
生成AIについては、次の記事も参考にしてください。
ハイプ・サイクルの5つの段階
典型的なハイプ・サイクルは5つの段階で構成されており、次のような図で示されます。
上の図では、縦軸にはユーザーやメディアの期待度・認知度、横軸には誕生からの時間・成熟度が取られています。それぞれの技術や概念がどの段階に当てはまるかを把握することで、その技術や概念をどう扱うかを正確に判断することが可能です。
黎明期
最初の段階、その技術が登場した時期です。「技術の引き金(Technology Trigger)」とも言われます。
新しい技術としてマスコミやSNSで紹介され、話題になっていく時期です。
企業による新製品発表や説明会、イベントなども行われ、活用方法の議論が行われることもあります。しかし、実際にはまだ概念実証の段階で、実用化はされていません。
過度な期待のピーク期
「流行期、過剰期待の頂(Peak of Inflated Expectations)」とも言われる2番目の段階です。
新しい技術がさまざまなところで話題になり、技術に詳しくない人にも少しずつ知られ、注目されるようになります。ただし、非現実的で過剰な期待を持たれることもよくあります。
人によっては、実際に新しい技術の活用を模索し始めますが、失敗することも多いです。
幻滅期
「幻滅のくぼ地(Trough of Disillusionment)」とも言われる3番目の段階です。
前の段階での過度な期待に応えられず、皆の期待や関心が一気に薄れる時期です。マスコミが取り上げることも減り、大きな批判やバッシングを浴びることもあります。
それでも、一部の技術者が粘り強く開発・利用・改善を続けています。
啓発期
「回復期、啓蒙の坂(Slope of Enlightenment)」とも言われる4番目の段階です。
幻滅期でも開発・利用を続けてきた開発者たちによる啓蒙活動が実り始める時期です。
技術について、真の有用性やメリット、正しい活用法が広まり、冷静な再評価が始まります。それによって世間の期待は緩やかに回復し、より現実的に利用されていく時期です。新しい世代の製品やサービスが公開されることもあります。
生産性の安定期
「生産性の台地(Plateau of Productivity)」とも言われる最後の段階です。
過度な期待とネガティブなバッシングの両方が落ち着き、適切な評価が行われる時期です。啓発期を経て技術的に成熟し、進化して新しい世代の製品やサービスが提供されることもあります。
その結果、次の2通りに分かれます。
- 新しい技術が定着し、広く普及する
- 一部のユーザーにのみ受け入れられる
これが典型的なハイプ・サイクルの流れです。
しかし、すべての新しい技術がこのような変化をたどるわけではありません。なかには幻滅期で消えてしまう技術や、安定期に入っても広まらない技術、一度消えても復活してくる技術などもあります。
ハイプ・サイクルをビジネスへ活用するためのポイント
ハイプ・サイクルを活用することで、次のようなポイントから新しい技術やサービスを評価しやすくなります。
- 新しい技術がビジネスに活用できるかどうか、ビジネスに採用すべきかどうかを見極める
- 新しい技術を導入することでどのようなリスクがあるかを見極める
- 新しい技術が投資に値するかどうかを見極める
新しい技術そのものを開発する側でなくても、技術を使って自社で商品・サービスを開発する企業や、それを投資対象として評価しようとする企業にとっては、重要な指標となるでしょう。
ただし、次のようなポイントには注意が必要です。
- 導入の決定は過度な期待のピーク期の熱狂だけをもとに判断できない
多くの技術は、過度な期待のピーク期には大きな話題になり、関心を集めています。しかし、多くの場合その評価は誇張されているので、冷静な判断が必要です。 - 幻滅期をもとにビジネスに活用できないという判断はできない
過度な期待のピーク期に多くの企業が利用することで、幻滅期にはさまざまなトラブルが発生したり、問題点が判明したりします。しかし、そのトラブルや問題点に対応することで、評価が回復するきっかけとなることも多いでしょう。 - 回復期、安定期に入ればその技術はある程度定着する
過度な期待のピーク期と幻滅期を過ぎることで、その技術はより冷静で正当な評価を得ることができます。ビジネスへの導入は、そこからでも遅くはありません。 - 一度幻滅期から衰退した技術が再度見直されることもある
IT技術では、一度は世間から見捨てられた技術が名前を変えたり、進化したりして再登場することも少なくありません。例えば、クラウド(昔のASP)やIoT(昔のM2M)などの例があります。そのため、評価には中長期的な視野が必要です。
業種別のハイプ・サイクルの活用例
ガートナー社では、2023年の日本におけるハイプ・サイクルとして次のような2つの図を発表しています。そこから、製造業、卸売業、物流業での活用例をご紹介しましょう。
製造業
上に挙げた2つのハイプ・サイクルから、技術への投資の判断ができます。
次世代型スマート・マニュファクチャリングはまだ黎明期であり、取り入れるには時期尚早と言えるでしょう。
また、生成AIやデジタルツイン、コネクテッド・プロダクトはまだ「過度な期待」のピーク期です。実用化が成功している例も多いですが、これからは失敗例も徐々に出てくるでしょう。
一方、生成型ではないAI(人工知能)はすでに啓発期にあり、活用例やノウハウも蓄積してきました。これからも取り入れる企業は増加すると考えられます。
<デジタルツインについては、次の記事も参考にしてください>
デジタルツインとは?注目される背景からDXとの関係、事例まで幅広く紹介
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卸売業・物流業
物流業界が「2024年問題」解決のために期待している自動運転トラックは、ハイプ・サイクルではまだ黎明期とされており、本格的な導入には時間がかかりそうです。
また、卸売業での利用も期待できる移動型仕分けロボット・システムや倉庫ピッキング・ロボットは過度な期待のピーク期にあり、これからトラブルや問題が顕在化してくると考えられます。
しかし、人工知能はすでに啓発期に入っており、企業での利用も増加中です。またブロックチェーンやIoT、Wi-Fi 6や5Gなどのワイヤレス通信技術はまだ幻滅期ですが、遠くないうちに啓発期に移って利用が増えてくると考えられます。
「2024年問題」解決のためには、たとえ過度な期待のピーク期の安定していない技術であっても、将来の可能性を見越して先行投資することで、大きな変革を成し遂げられる可能性があります。他社よりも早く新技術を導入し、活用することが競争優位を獲得する鍵となるでしょう。
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物流クライシスとは?物流DXで2024年問題から脱却するには
物流業界の課題―業界を取り巻く社会の変化と課題解決に向けたDXの実現
流通・小売業界の課題はDXで解決できる?成功ポイントや事例も紹介
ハイプ・サイクルを活用することで選ぶべき技術を見極めることができる
ハイプ・サイクルは、個々の技術に対してその実用性や実現可能性、投資する価値を判断するために重要なものです。
現在はどの業界でも、さまざまな先進技術を駆使して業務を行っています。しかし、新しい技術が多すぎて、どれを取り入れればよいのかがわからないということも多いでしょう。そこでハイプ・サイクルによる分析が役に立ちます。ハイプ・サイクルを活用することで、自社の業務に新しい技術をどう取り入れるか、検討している技術にその価値があるのかを判断できます。
ただ、ハイプ・サイクルを活用して先進技術を取り入れる前に、自社の態勢を整えておかなくてはなりません。アナログな業務プロセスや無駄の多い業務フローにいきなり先進技術を取り入れても、無駄になってしまうからです。具体的には、業務のデジタル化や効率化、つまりデジタイゼーションやデジタライゼーションを行う必要があります。
ユーザックシステムでは、さまざまなツールにより、幅広い業種での現場業務のデジタル化をサポートしています。デジタイゼーションやデジタライゼーションでお悩みの際はぜひユーザックシステムにご相談ください。